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不動裕理(ふどう ゆうり、1976年10月14日 - )は、
熊本県熊本市出身の女子プロゴルファーである。
九州女学院中学校・高等学校(現・ルーテル学院中学校・高等学校)卒業。

身長156cmと小柄な体格ながら、正確なショットと勝負強さには定評がある。
日本女子プロゴルフ界の中でもずば抜けた安定感を持つ。
スター性を持つ後輩の宮里藍などとは対照的に、その雰囲気は寡黙。
往年の日本女子プロゴルフの名選手、清元登子に師事していたが、近年独立した。
2000年から2005年の「6年連続」で日本女子ゴルフツアーの賞金女王(賞金ランキング1位)となった。
2008年7月13日の明治チョコレートカップ(札幌国際CC島松)において、
女子ツアー史上初めて生涯獲得賞金10億円を突破した。
世界ランキング第12位(2008年12月22日) 好物はグレープフルーツ、高菜。


来歴・戦績
1996年 プロゴルファーテスト合格。同年12月、「LPGA新人戦加賀電子カップ」でプロデビュー戦初優勝。

2000年 日本国内女子ツアー史上初めて年間獲得賞金額が1億円を突破し、初の賞金女王(賞金ランキング1位)になる。

2001年 全米女子オープンに参戦し12位。

2003年 ツアー新記録となる年間「10勝」を挙げた。獲得額は1億4932万5679円で、この年の男子賞金王伊沢利光を上回った。

2004年 7月ツアー通算「30勝」を達成し、日本女子ゴルフ史上最年少記録となる「27歳285日」で永久シード権を獲得した。この年から宮里藍が強力なライバルとして出現する。同年の女子ゴルフツアー最終戦では宮里との一騎打ちを制して大会2連覇。

2005年 「リゾートトラストレディス」で3位に入り、女子プロゴルフ生涯獲得賞金歴代1位となる。最終戦では大山志保と4打差の2位に終わって大会3連覇を逃したが、6年連続の賞金女王に輝いた。

2005年 全英女子オープンに参戦し15位。

2007年 全英女子オープンに参戦し11位T。

2008年 全英リコー女子オープンに参戦し3位T。


6年連続で賞金女王に輝いたことで、絶対的な存在になった不動さん。
「不動党」という人たちがいるとか・・・。

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片山晋呉(かたやま しんご、1973年1月31日 - )は、茨城県筑西市(旧下館市)出身のプロゴルファーである。日本プロゴルフツアー永久シード保持者。


主な戦歴・記録

* 日本ツアー 26勝(永久シード)

* 2000年、2004年、2005年、2006年、2008年:賞金王

* 日本オープン 2勝 2005年、2008年

* 日本プロゴルフ選手権 2勝 2003年、2008年

* 日本ゴルフツアー選手権 1勝 2007年

* ゴルフ日本シリーズ 2勝 2000年、2002年


一時期はどうなるやらと思わせるようなところがありましたが、
今年は好調のようです。
賞金王は遼くんにもってかれてしまいましたが。

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横峯 さくら(よこみね さくら、1985年12月13日 - )は、鹿児島県鹿屋市出身の女子プロゴルファー。血液型AB型。身長155cm。エプソン販売所属。
ゴルフ好きの父親横峯良郎の影響で8歳からゴルフを始める。長姉横峯留衣もプロ。
鹿屋市立田崎小学校 ・ 田崎中学校、明徳義塾高等学校卒業。
父方の伯父に社会福祉法人純真福祉会理事長の横峯吉文がいる。

2005年度ツアーの獲得賞金は6934万7016円で4位。
2006年のニチレイレディスで2006年度初優勝を達成。自身初の完全優勝となる。
2006年のベルーナレディースカップゴルフトーナメントで年間2勝目を達成。トーナメントレコードを更新し2位に5打差をつけて自身の目標だったぶっちぎり優勝を達成する。
2006年の最終戦LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップでメジャー初優勝。年間3勝の目標を達成する。
2006年度ツアーの獲得賞金は9638万7662円で3位。
2007年度に自身初の年間獲得賞金一億円を突破。(日本女子プロゴルフ史上6人目)
2007年度ツアーの獲得賞金は1億1494万5890円で2位


一時期は調子も微妙だったような感じですが、
最近また調子が良くなってきたように思います。
それにしても、あの「さくらパパ」はどこへ行ってしまったんだろう・・・。

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諸見里しのぶ(もろみざと しのぶ、1986年7月16日 - )は、沖縄県名護市出身の女子プロゴルファーである。ダイキン工業所属。宮里藍、横峯さくらと並んで、日本女子ゴルフの人気急上昇に貢献している若手選手のひとりである。同じく沖縄出身の先輩、宮里の刺激を受けながら成長してきた。


9歳でゴルフを始め、ジュニア時代の多数の大会で優勝を飾っている。同じ沖縄出身の上原彩子に勧められておかやま山陽高等学校に進学。おかやま山陽高等学校在学中からプロトーナメントに参加し、上位に食い込む活躍を始めていた。2005年5月、「ブリヂストン・レディス」では宮里藍以来のアマチュアツアー優勝を目指したが、プレーオフのかかった18番ホールで、5メートルのバーディーパットを外し、3位タイに終わる。6月に日本女子アマチュア選手権で優勝。この後に行われた「世界女子マッチプレー選手権」では、唯一のアマチュアゴルファーとして出場を認められたが、7月1日の2回戦で韓国の張晶に1ダウンで惜敗した。7月末の女子プロゴルファーテストに合格。プロ・デビュー戦となった「日本女子オープン」では、3オーバー(+3,291ストローク)で5位入賞を果たした。その後「マスターズ・ゴルフクラブ・レディース」で4位、「樋口久子IDC大塚家具レディス」で2位に入り、出場3試合で賞金ランキング「49位」に入って、2006年度のシード権を獲得した。アメリカLPGAツアーのレギュラー・ツアーのシード権を争う「クオリファイイング・スクール」でも、最終予選会を9位で通過した(日本ツアーと掛け持ちでプレーすることを表明している)。


帰国後、キヤノンと3年1億円のスポンサー契約を結んだ。

優勝記録
2006年
*SANKYOレディースオープン
2007年
*日本女子オープンゴルフ選手権競技
2008年
*アクサレディスゴルフトーナメント
2009年
*ワールドレディスチャンピオンシップ サロンパスカップ
*サントリーレディスオープンゴルフトーナメント
*プロミスレディスゴルフトーナメント

ポスト宮里藍こと諸見里しのぶさん。
これからも活躍が期待されます。

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倉本 昌弘(くらもと まさひろ、1955年9月9日 - )は、広島県広島市三篠町(現・西区三篠町)出身のプロゴルファー。日本大学卒業。
身長164㎝、体重66kg。「AON」とともに、1980年代のゴルフブームを興した名選手である。

2005年11月、「チャンピオンズ・ツアー」(米シニア・ツアー)の最終予選会に参加。

世界各国から350人の参加中、トップ合格を果たし賞金4万5000ドルを獲得、JPGA副会長職などの要職は辞して、2006年からチャンピオンズ・ツアーに本格参戦する。

米シニア・ツアーの賞金総額は、日本の男子レギュラーツアーの約2倍の60億円で人気も高い。

チャンピオンズ・ツアーでは「マッシー・クラモト」(Massy Kuramoto)の名前で登録されている。


この人も以前、ゴルフブームを起こしましたね。
往年の名選手です。

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古閑 美保(こが みほ、1982年7月30日 - )は、熊本県熊本市出身の日本の女子プロゴルファー。身長167cm。血液型B型。キリンビバレッジ所属。


ビジュアル面で話題になることが多いが、実力においても日本女子ゴルフ界有数のプレイヤーで、常に10位以内に食い込む実力があり、優勝争いに加わることも多い。


初優勝は2003年ヨネックスレディスゴルフトーナメント。2006年は33試合で優勝2回、2位4回、その他10位以内が6回、賞金ランキング6位、獲得賞金約8632万円。


2007年11月25日、リコー杯女子ゴルフ最終日において、5バーディー・ノーボギーの67、通算13アンダーの275を記録し、初日から最終日スタートまで首位を保っていた不動裕理を逆転し、公式戦初優勝を果たした。2007年の賞金ランキングは4位、賞金総額は約9429万円と自己最高額を更新した。


2008年、賞金総額1億2085万4137円で初の賞金女王に輝いた。

優勝記録

2003年
*ヨネックスレディスゴルフトーナメント
*大王製紙エリエールレディスオープン
2004年
*IDC大塚家具レディス
2006年
*スタンレーレディスゴルフトーナメント(7月14 - 16日)
*マスターズGCレディース(10月20 - 22日)
2007年
*マスターズGCレディース(10月19 - 21日)
*LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ(11月22 - 25日)
2008年
*クリスタルガイザーレディスゴルフトーナメント(5月2 - 4日)
*CATレディースゴルフトーナメント(8月22 - 24日)
*伊藤園レディスゴルフトーナメント(11月14 - 16日)
*LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ(11月27 - 30日)


この人も人気がありますね。

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宮里 藍(みやざと あい、1985年6月19日 - )は、沖縄県国頭郡東村出身のスポーツ選手、プロゴルファーである。愛称は「藍ちゃん」。サントリー所属。日本女子プロゴルフ協会のプロフィールによれば身長155cm。


優勝記録

2003年

*ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント
2004年

*ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント
*サントリーレディスオープンゴルフトーナメント
*アピタ・サークルK・サンクスレディスマスターズGCレディース
*大王製紙エリエールレディスオープン
2005年

*女子ワールドカップ
*ヴァーナルレディース
*中京テレビ・ブリヂストンレディスオープン
*新キャタピラー三菱レディース
*日本女子オープンゴルフ選手権競技
*樋口久子IDC大塚家具レディス
*大王製紙エリエールレディスオープン
2006年
*日本女子プロゴルフ選手権大会コニカミノルタ杯
*ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント

間違いなく、日本の女子ゴルフブームを再び起こした人。
実力もありますね。

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上田 桃子(うえだ ももこ、1986年6月15日 - )は、熊本県熊本市出身の女子プロゴルファー。ソニー所属。身長161cm、体重54kg、血液型A型。得意クラブは1W。


優勝記録


2007年



4月13日-15日 - ライフカードレディスゴルフトーナメント
6月1日-3日 - リゾートトラストレディス
7月13日-15日 - スタンレーレディスゴルフトーナメント
11月2日-4日 - ミズノクラシック
11月16日-18日 - 大王製紙エリエールレディスオープン


2008年



6月12日-15日 - サントリーレディスオープンゴルフトーナメント
9月26日-28日 - ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント

最近活躍しているゴルファーです。
人気も急上昇していますね。

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青木 功(あおき いさお、1942年8月31日 - )は、千葉県我孫子市出身のプロゴルファーである。日本プロゴルフツアー永久シード 保持者。1980年に全米オープンで準優勝を果たすなど、日本を代表する名ゴルファーである。


2007年現在、国内57勝、海外7勝、国内シニア8勝、海外シニア9勝、海外グランドシニア3勝、通算84勝。



1980年の全米オープンでは、準優勝。(優勝はニクラスで、青木は2位。共に当時の優勝レコードを塗り替えての1、2フィニッシュ。これは現在に至るまで、日本人男子選手のメジャー大会最高成績である)



同年の全英オープンでは、初日に最小スコアレコード「63」を叩き出している。(2008年現在も、タイ記録として燦然と輝いている)



USPGAのバンカーショット部門(サンドセーブ率:バンカーから打った後、ワンパットでホールアウトした率)では、'80年、'81年と二年連続No,1の座に就いている。また'80年代10年間の通算成績でも首位タイに輝いている。



ハワイアン・オープン優勝は、最終日・最終ホールのチップインイーグルにて果たす。1打差でリードしたままホールアウトしたジャック・レナーがスコアカードを提出しているさなかの奇跡の逆転であった。同ショットは米国にて、80年代を代表する印象に残るショットの一つに選定されており、このショットで使用したパワービルトのPWは、ゴルフの殿堂に展示されている。

青木功さんといえば、日本ゴルフ界の第一人者ですね。

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石川 遼(いしかわ りょう、1991年9月17日 - )は、埼玉県北葛飾郡松伏町出身のプロゴルファー。所属はパナソニック。身長173.6cm、体重68Kg。杉並学院高等学校在学中。



2008年1月10日、記者会見を行いプロ転向を宣言。16歳3ヵ月24日の史上最年少のJGTOツアープロとなる。また、2009年末までシード権を保有していることから、同時に史上最年少のシード選手となった。JPGAのプロゴルファー資格は2008年4月1日に取得。



2008年1月25日にはヨネックスと5 年間総額10億円の用具総合使用契約(ボール以外のクラブ、ウェアなど)を結んだ。ヨネックスと契約をしたのは、石川が10歳のとき実父とヨネックス本社に赴き、用具提供の支援の依頼をし、それをヨネックスが快諾したという関係からとされる。ヨネックスの他に、所属契約をパナソニックと、移動サポートをANA、サングラスを山本光学などとも契約した。その他、4月1日からトヨタと2年契約、コカ・コーラと5年契約、NTTドコモと3年契約を交わした。

高校生アスリートとしても人気ですね。
ゴルフブームを作りましたね。